2009年06月14日

こめ油(米油、米糠油、こめ(ぬか)ゆ) は

こめ油(米油、米糠油、こめ(ぬか)ゆ、こめ(ぬか)あぶら) は、米糠から抽出される植物油である。英語では rice bran oil という。 様々な呼び名や書き方があるが、日本農林規格 (JAS) では「こめ油」を使用している。

原材料は玄米を搗精した際の副産物である米糠である。日本では主食である米を原料にしているため、原料をほぼ国産で賄える唯一の植物油である。また、抽出工程のみを行う工場を含めれば、こめ油製造工場は北海道から沖縄県まで存在する。近年は東南アジアや米国からの輸入も行われているようだが、その量はごくわずかである。

日本においては、国産原料を使用していることから学校給食関係者には好評であるが、大豆油などに比べると価格が高いので、使用は一部に留まっている。

また、米の消費量が年々減少しているため、こめ油は安定した出荷がありながら、製造会社は原料の手当てに苦慮している。1990年代にはエノキタケの培養床に米糠が使われたため、栽培業者と製油業者の間で原料の奪い合いが起きた。エノキダケの方が収益性が良く、栽培業者が米糠を高く買い取ったため、一時、こめ油業界は深刻な事態に陥った。その後、エノキダケの培養床は米糠からトウモロコシの芯(コーンコブ)に移行したため、危機を乗り越えることができた。しかし、長期的に見て原料供給が増える見込みが立たないことに変わりはないのが現状である。
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他の植物油原料と異なり、米糠には油脂分解酵素リパーゼが多量に含まれている。そのため、原油中の遊離脂肪酸量が多く、酸価 (acid value, AV) が極めて高い。菜種油原油やトウモロコシ原油のAVが一桁であるのに対し、米原油は20以上になることは普通である。また、原油は多量のワックス分を含んでいるため、他の植物油よりも強力な脱蝋工程の装置が必要である。このように、こめ油の精製工程は菜種油や大豆油の精製に比べ手間がかかるうえ、独自の技術や装置が必要である。そのため、バブル崩壊後、食用植物油会社の再編が進む中でも、こめ油製造各社は独自の地位を保っている。

精製の際に除去された脂肪酸やワックス分、抽出かすである脱脂糠等の副産物は石鹸や樹脂、蝋の原材料や肥料などとして使用されている。このこともこめ油の製造技術が日本で独自に発達した歴史と無関係ではない。

特徴 [編集]
脂肪酸組成に占めるオレイン酸の比率が高いことと、ビタミンEを多く含み、加熱による酸化が起きにくいことが挙げられる。特に後者については、こめ油が製菓業界で歓迎される理由となっており、現在、日本で製造されるポテトチップスのほぼ全量がこめ油かこめ油を配合した油で揚げられている。

揚げ物をしている人が気分を悪くする現象を「油酔い」と呼ぶ。これは油脂を過熱する際に発生するアクロレインという物質の作用であるであるといわれている。こめ油はこの油酔い現象が起きにくい油とされている。また、揚げる作業が終わったあとに、油を鍋から他の容器に移す際などの油のキレが良いともいわれる。これらの現象もこめ油が加熱による酸化が起こりにくいことと関連があると考えられているが、両現象とも科学的には原因が解明されていない。

また、こめ油は血中コレステロール分を下げる効果が植物油で最も高く、紅花油と混合するとその効果がさらに高くなる。

2009年05月29日

三河国の土豪である松平氏の

第8代当主・松平広忠の嫡男として、天文11年(1542年)12月26日の寅の刻(午前四時ごろ)、岡崎城 で生まれる。母は水野忠政の娘・於大(伝通院)。幼名は竹千代(たけちよ)と命名された。

2歳の時、水野忠政の没後水野氏の当主となった水野信元(於大の兄)が尾張国の織田氏に従属したため、敵対する今川氏の庇護を受けていた松平広忠は於大を離縁した。そのため竹千代は幼くして母と生き別れになった。

6歳の時、松平広忠は織田氏に対抗するため、駿河国の今川氏に臣従し、竹千代は今川氏の人質として駿河国・駿府へ送られることとなった。しかし、駿府への護送の途中に立ち寄った田原城で義母の父・戸田康光の裏切りにより、尾張国の織田氏へ送られた。しかし松平広忠は今川氏への臣従を貫いたため、竹千代は見捨てられた形となり、そのまま人質として尾張国に留め置かれた。織田信長とはこの頃知り合った。

2年後に松平広忠は死去した。今川義元は織田信秀の庶長子・織田信広(前年の1549年、安祥城を 太原雪斎に城を攻められ生け捕りにされている)との人質交換によって竹千代を取り戻す。しかし竹千代は駿府(『東照宮御実紀』では少将宮町、武徳編年集成』では宮カ崎とされている)に移され、岡崎城は今川氏より派遣された城代により支配された。

墓参りのためと称し岡崎城に帰参した際には、本丸は今川氏の城代が置かれていたため本丸には入れず、二の丸に入った。この時、鳥居忠吉から松平氏の御家人が今川氏の先鋒、事実上の捨石とされている事情を聞く。また鳥居忠吉が今川氏に内密で備蓄していた武具・兵糧・金銭を見せられ、家康は感涙したという。古老の御家人は、祖父・松平清康によく似ていると感嘆したという。
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駿府の今川氏の下で元服し、今川義元から偏諱を賜り松平次郎三郎元信と名乗り、今川義元の姪で関口親永の娘・瀬名(築山殿)を娶った。名は後に祖父・松平清康の偏諱をもらって松平蔵人佐元康と改めている。永禄元年(1558年)には織田氏に寝返った寺部城主・鈴木日向守を松平重吉らとともに攻め、これが初陣となった。

従来、松平広忠の嫡男である竹千代を人質に取った処遇は、今川氏による松平氏に対する過酷な処遇であるというのが通説であった。しかし近年、むしろ今川義元の好意(もちろん義元の側の思惑もあるが)によるものだという説が唱えられている[3]。人質というよりも「政務見習い」として預けられたという説もあり、実際にも、太原雪斎の英才教育 を受けさせたとの説もある[4](事実でないとの異論あり[5])。姪である築山殿を嫁がせているのも、政略的な一面がある一方、一門として迎え入れる厚遇という見方もある。ただし松平氏の家臣にとっては上述の通り主君を人質に取られて走狗として酷使された印象を与え、竹千代が今川義元の家臣(孕石元泰)から個人的な虐めを受けるなど、忍従の日々であり、後述の通り今川義元死後に築山殿とも不和になり殺害している事から、その松平氏の主観が後世に伝わり従来の通説となった。

2009年04月25日

アッシリア学

アッシリア学(アッシリアがく)は、古代オリエントで使用された楔形文字そのものと、これを用いた諸民族の言語・歴史・文化(政治・社会・経済・法律・宗教・芸術・文学など)を研究する学問である。古代

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学・考古学・東洋学の一分野をなし、エジプト学とともに(古代)オリエント学の中心である。欧米では「アッシリオロジー」(英:Assyriology / 仏:Assyriologie)と呼ばれる。

アッシリア学の中心的な課題は、古代オリエントで発見される膨大な楔形文字資料の解読、およびその文献学的研究である。楔形文字を使用した民族はシュメール人・アッカド人・アムル人・アッシリア人・カッシート人・ミタンニ人・ヒッタイト人・ウラルトゥ人・エラム人・フルリ人・(古代)ペルシア人(アケメネス朝時代)・ウガリット人など、古代西アジアの全域に及ぶが、この学問が「アッシリア学」と名付けられたのは、古代メソポタミアの遺跡発掘で最初に知られたのが、アッシリアとアッシリア語であり、当初はこれらの研究が中心であったことによる。

アッシリア学は古代オリエントの歴史・文化を研究するという点でエジプト学と共通するが、欧米諸国のアカデミズムにおいては、ヒエログリフ文献を扱うエジプト学とは全く別の分野とみなされている。しかし日本ではアッシリア学という名称・概念はほとんど人口に膾炙しておらず、そのためエジプト学と渾然一体にとらえられ「古代オリエント学」(この語自体が日本独特のものである)として大まかにまとめられることが多い。

これとは逆に、イラン(ペルシア)の歴史・文化全般を研究するイラン学は、基本的にはアッシリア学と別の分野であるが、少なくとも楔形文字で表記された古代ペルシア語資料の文献学的研究に関しては、イラン学の一部であると同時にアッシリア学の一部門ともみなされている。実際、アッシリア語(アッカド語)に先行して解読された古代ペルシア語の知識は、アッシリア学の基礎となった。

アッシリア学は19世紀半ばのボッタ(仏)によるニネヴェ発掘、レヤード(英)によるニムルド発掘などにより考古学的調査が始まり、1849年にはレヤードによってアッシュールバニパル王の王宮附属図書館(書庫)と22,000の粘土板が発掘され、大英博物館へ移管された。これらの文字資料をもとに、ローリンソン、ヒンクス、オッペールらにより古代ペルシア語・バビロニア語の解読が進展、1857年イギリス王立アジア協会が前記の3名およびタルボットにアッシリア語碑文を別々に解読させ、この結果が一致したことが確認されてアッシリア学の成立が公式に宣言された。1884年にはフランスおよびドイツで専門誌『アッシリア学誌』・『楔形文字研究誌』(のち仏と同じ『アッシリア学誌』に改題)がそれぞれ創刊されて学問分野としての制度化が進んだ。アッシリア学の発展は、それまで西洋古代史の研究が依拠していた古典古代の文献や旧約聖書に現れた不十分・不完全な知識・情報を補正するのに大きく貢献した。

しかしその後の研究の飛躍的進展により古代オリエントにおける楔形文字文化の研究を「アッシリア学」という単一の分野にまとめることはほとんど困難になり、現在ではシュメール学、アッカド・アッシリアを研究する(狭義の)アッシリア学、エラム学、フルリ学、ヒッタイト学、ウラルトゥ学、ウガリット学などに分化している。

2009年04月08日

スラッシュ・デス・ブラック

NWOBHMそのものは1980年代半ばにその勢いを失ってしまうが、世界各地で「NWOBHMに続け」と若者達がバンドを結成するきっかけとなった。 そして、メタリカ、メガデス、スレイヤー、アンスラックスなどのバンドが、アンダーグラウンドで人気を獲得していきながら、よりへヴィで過激な音楽形態であるスラッシュメタルを確立。これらはハードコア・パンクの影響を受け、テンポの速さ、リフに重きを置いたサウンド、ダークな世界観を特徴とし、当時隆盛を極めていたLAメタルとは一線を画するものであった。

スラッシュメタルの流行はやがて収束していくが、フロリダではスラッシュメタルの凶暴性を突き詰めたデスメタル、北欧ノルウェーではスラッシュメタルの要素に加え反キリスト教の概念を強調したブラックメタルが誕生するなど、その後のエクストリーム・メタルシーンの成立に大きな影響を与えるとともに、シーンの細分化が進んだ。

古典的ヘヴィメタルの衰退?オルタナティブ・メタルの勃興 [編集]
ヘヴィメタルは1980年代後半に商業的なピークを迎えるが、ポップ・ミュージック化した産業ロックへの反発から生まれたニルヴァーナをはじめとするグランジ/オルタナティブ・ロックの人気の爆発により、1980年代的なヘヴィメタル(いわゆる正統派メタル)は、過去の遺物扱いを受けることになる。

そのような状況下では古典的ヘヴィメタルバンドが従来の活動を続けられるはずもなく、バンド再編、有力メンバーの離脱、音楽性の変化などが求められた。当然それに対応できないバンド、あるいは変化の過程でファンの支持を得られなかったバンドは表舞台から消えていった。

この状況に楔を打ち込んだのがスラッシュ・メタルの代表と目されていたメタリカであった。彼らはアルバム『メタリカ』(1991年)でスラッシュ的なスピード性を放棄し、オルタナティヴ・サウンドと通じるような重厚な音楽性を導入してヘヴィメタルの新しい方向性を示し、2200万枚という大ヒットを飛ばす。そして、パンテラの『俗悪』、ミニストリーの『詩篇69』、ヘルメットの『ミーンタイム』などは数々のバンドの手本とするところとなる。そのパンテラに強く触発されたロブ・ハルフォードがジューダス・プリーストを脱退してFIGHTを結成したことは、この時期の流れを象徴するものといえよう。

この動きに呼応するようにしてヘヴィメタルは若手ミュージシャンを中心にオルタナティブ・メタルとして復活を始める。それは、シンプルなリフに重いギターサウンド、冷徹に現代社会を見つめる歌詞のテーマ、ヒップホップ・レゲエの要素の導入など、時代に求められた様々な要素を注ぎ込んだ新しいメタル像(ニュー・メタル)であった。一方の日本ではこの動きをモダン・ヘヴィネスやヘヴィ・ロックと呼称して区分し、旧来のヘヴィメタルとは違うことを強調したマーケティングが行われた。

このような流れの中、シャロン・オズボーンは、夫オジー・オズボーンが時代の半歩先を行く音楽性で常にヘヴィメタルの象徴であり続けたことを活かし、若手ニューメタル・バンドとオジー・オズボーン擁するブラック・サバスという組み合わせで全米をツアーするオズフェストという前代未聞のツアーに打って出る。これは見事に成功し、マリリン・マンソンやスリップノット、コーンなどのプロモーションに大きく貢献し、メタルコアなど後続のムーブメントに大きな影響を与えた。さらに結果的にはオジー・オズボーンそしてブラック・サバスを伝説的な存在へと昇華させることにも成功した。

こうして1990年代は、新しい時代にふさわしい姿に成長したバンド、消えていった旧世代のバンド、時代に応じて現れた若手のバンドと、世代交代が急速に進んでいった時代であった。

2000年代以降のヘヴィメタル [編集]
1990年代後半のヨーロッパでは、デスメタルにメロディと和音を取り入れたメロディックデスメタル、ゴスファッションとクラシック音楽のサウンドを取り入れたゴシックメタルなど、新たな動きが生み出されていった。この流れは一挙に進み、さらにアメリカではキルスウィッチ・エンゲイジやシャドウズ・フォールをはじめとするメタルコア、ヨーロッパではラプソディー・オブ・ファイアなどのシンフォニックメタルが出現し、サブジャンル化(後述)は現在も止まることなく進んでいる。

こうしてヘヴィメタルのスタイルは分散化が進み、空洞化したヘヴィメタルは王道を失っていた。そこへ(再び)現れたのが、1980年代のヘヴィメタルを支えたクラシックメタルの王者であるジューダス・プリーストやアイアン・メイデンらであった。黄金期のラインナップで再興した彼らは新たなアルバムの発売やツアーなど精力的な活動を行い、メタルシーンの活性化に貢献した。シャロン・オズボーンもまたこうした動きを見逃さず、これら2バンドはもちろん1980年代から2000年代で活躍しているバンドが多数参加する一大イベント「オズフェスト」を毎年の定例イベントとして仕上げていった。

折から音楽業界全体に「再結成ブーム」が到来していることもあり、ベテランバンドの再結成・再編成は止まるところを知らない。特にモトリー・クルーやヨーロッパ、ホワイトスネイクなどは反響を呼び、再結成ツアーが成功を収めた。ジャパニーズ・メタルにおいてもラウドネスがオリジナルメンバーに戻ったり、アースシェイカーやANTHEM、BOW WOWにSHOW-YA等が再結成したりするなど、同じような現象が起きている。

現在はジューダス・プリースト、アイアン・メイデンなど正統派のメタル・バンドが復活する一方、若者の支持を集めた新世代トリヴィアムやアヴェンジド・セヴンフォールド、根強い人気を保っているスカンジナビアのイン・フレイムスやチルドレン・オブ・ボドム、女性ボーカリストを擁して大衆的な人気を得るに至ったナイトウィッシュやエヴァネッセンスなど、幾多のジャンルにまたがる多くの新バンドが登場している。

アメリカの調査会社NPDによると、2006年に前年と比較して最も市場が成長したロック系音楽ジャンルはハードロック/ヘヴィメタルとなっている。

チャージ タラソ パント トレード 赤ランプ ヒョウ ナブラ ブルマナ スラト トムトム あしたば おれたち シュズ ルームメ カミオ シシュフ パナマ ダウン すだち ダイナ オカル チンギス リージア ネオジ つるが リニティ バップ オロシ かいづか あつま 石榴 ジエンド プレッ ラウンジ ドロップ ビクー ひらら ビノク シェーカー ラタトゥ 麦わら イキシア パッチ ウイロ 麦わら帽子 単発ガ ネイビー ライフ ムスリム ロベリア

2009年03月25日

西武鉄道(旧)

西武鉄道(旧)は、1892年(明治25年)8月5日に設立し、1894年(明治27年)12月21日に現在の西武国分寺線である国分寺駅 - 久米川(仮)駅(現在の東村山駅)間を開業させた川越鉄道に始まる。川越鉄道は1895年(明治28年)3月21日に、現在の西武新宿線の一部である久米川(仮)駅 - 川越駅(現在の本川越駅)間を開業後、1920年(大正9年)6月1日に武蔵水電に吸収合併された。武蔵水電は1906年(明治39年)4月16日に川越久保町 - 大宮間の大宮線を開業させた川越電気鉄道がその前身である。

1921年(大正10年)10月、武蔵水電は同年に淀橋町角筈 - 荻窪村間を開業させていた西武軌道を吸収合併した。「西武」の名前はこの会社が起源であり、現在の西武鉄道が2007年3月まで使用していた西武の西という字を図案化した社章もこの会社のものであった(ただし、6000系・10000系・20000系以外の現在も残っている車種は一部を除き2009年2月現在でもその旧社章を使用しているが、更新工事を施工した車両では取り外されている)。翌1922年(大正11年)6月1日に武蔵水電は帝国電灯に吸収合併されたが、帝国電灯は鉄軌道部門を切り離し、武蔵鉄道として独立する。同社は、同年8月15日に西武鉄道(旧)に社名を変更した。

1925年(大正14年)安比奈線南大塚 - 安比奈間開業。1927年(昭和2年)4月16日に東村山 - 高田馬場間を複線で開業。同年8月30日には、現在の多摩川線を開業させていた多摩鉄道を吸収合併した。同年には、東村山 - 川越間を電化し、高田馬場 - 川越間の直通運転を開始した。

1935年(昭和10年)12月27日、西武軌道線(淀橋町角筈 - 荻窪村間)を東京乗合自動車に委託した。委託後、同区間を譲渡(1951年)するまでの歴史は、都電杉並線#歴史を参照のこと。

1941年(昭和16年)、前年に川越線の開業に伴い休止していた大宮線を2月25日に廃止した。

1944年(昭和19年)6月、戦時下の食糧不足に対応するため、沿線の耕地を利用した大規模食糧供給を目的に、食糧増産株式会社を設立した。

また1944年には、東京都からの委託によって糞尿輸送が開始された。当時都内の糞尿処理は、トラックで湾岸へ運び船で東京湾へ捨てていたが、人手不足とガソリン統制により、処理が追いつかなくなっていた。そこで東京都長官の大達茂雄からの要請で、武蔵野鉄道と西武鉄道(旧)と食糧増産の3社が一体となり、専用貨車と積込所・貯溜施設を造って大規模な糞尿処理にあたることとなったのである。同年9月10日夜から普通貨車による糞尿運搬の臨時運転を開始し、11月21日には専用貨車を用いた本運転に入った。この糞尿輸送列車は、「汚穢電車」[1]「黄金電車」「黄金列車」などと呼ばれた。

この時の輸送力はあまり高いものではなく、積込所も2か所、貯溜槽も7か所しかなかった。社長の堤康次郎はさらに輸送規模を拡大させ、当時都内から排泄されていた1日約38,000石の糞尿すべてを処理できるように構想を立てた。専用貨車を115両新造して輸送能力を1日20,000石に上げるとともに、両鉄道沿線の数十箇所に糞尿貯溜槽を置き、約271,000石の糞尿をためられるようにする。そして輸送は主に深夜に行い、その帰りは貨車の上に特設台を設置し、都内向けの野菜を運搬しようというものであった。

しかし衛生面などで問題が続出してしまい、糞尿輸送は次第にその輸送量を減らして行った。書類上は1953年(昭和28年)3月30日までの契約であったが、実際には1951年に輸送が休止して以降再開されないままの廃止で、堤の輸送拡大構想は結局実行されないまま終わった。

なおこの糞尿輸送が行われている最中に武蔵野鉄道と西武鉄道(旧)と食糧増産の3社が合併しているが、社名に「農業」を付して「西武農業鉄道」とした由来はこのようなことにある。

サイコ チューブ イニシャ コムデ ティーチ カクレミノ ビヨウ クロの景色 シェード テスト プラコ ノーヒッタ チャンピ シンタ シンパシー ジストニア カオリン リール ハイラ ガーター バブリ アセロ ダガナ くしがき ヒロイズム マジック さじ日本 テスラコイ ナイトツア トリップ でぃるは パーゴラ あせろら ファルス オーバ オーソラ ネイリ ビルジ マッチ ライト トスト チっつぐ ジャカー 真実の泉 フレッシ ミゼット レーション ケルシ 無情 ブーツ


2009年03月09日

フランク・ロイド・ライト

フランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright、1867年6月8日 - 1959年4月9日)は、アメリカの建築家。アメリカ大陸と日本に多くの作品を残している。ル・コルビュジエ、ミース・ファン・デル・ローエと共に近代建築の三大巨匠と呼ばれる(ヴァルター・グロピウスを加えて四大巨匠とすることもある)。

ウィスコンシン州に牧師の父ウィリアム・ライトと母アンナの間の第1子として生まれた。ウィスコンシン大学マディソン校土木科を中途退学し、シカゴへ向かった。叔父ジェンキンの紹介により、建築家のライマン・シルスビーの事務所で働き始めたが、1年ほどでシルスビーの事務所を辞し、ダンクマール・アドラーとルイス・サリヴァンが共同して設立したアドラー=サリヴァン事務所へと移った。アドラー=サリヴァン事務所ではその才能を見込まれ、事務所における1888年以降のほとんどの住宅の設計を任せられた。ライト自身もサリヴァンをLieber Meister (愛する師匠)と呼んで尊敬し、生涯にわたりその影響を肯定し続けた。
いしゅく モルゲン ソニック サシン プラウザー チャプ ノビル すいたい イルク トンブ じゅんさい エンジンシ テクニ クロス リーファ 青皮栗 きんし リターン ラリマール セリバシー ステンド トローク モーグル イヌツゲ リズム バスタブ スペース たまねぎ SEOハツ アオクサ ショット アップ オートモ ファイト リケッチア ぬく森 吾亦紅 ビリンビン ガロン ハナズオウ シェー シュピ へいどん ゲーター カレッジ レジデ カヌー マウンテン はなさか ハハコ

アドラー=サリヴァン事務所に勤めてもうすぐ7年になろうとした1893年、事務所での設計業務とは別にアルバイトの住宅設計を行っていたことがサリヴァンの知るところとなり、その件を咎められたライトはアドラー=サリヴァン事務所を辞し、独立して事務所を構えた。1894年のウィンズロー邸は独立後最初の作品である。独立した1893年から1910年までの17年間に計画案も含め200件近い建築の設計を行い、プレイリースタイル(草原様式 Prairie Style)の作品で知られるようになった。1906年のロビー邸はその代表的作品である。プレイリースタイルの特徴としては、当時シカゴ周辺の住宅にあった屋根裏、地下室などを廃することで建物の高さを抑えたこと、水平線を強調した佇まい、部屋同士を完全に区切ることなく、一つの空間として緩やかにつないだことなどがあげられる。

ヨーロッパの建築様式の模倣である新古典主義が全盛であった当時のアメリカにおいて、プレイリースタイルの作品でもってアメリカの郊外住宅に新しい建築様式を打ち出し、建築家としての評価を受けたライトであったが、この後1935年のカウフマン邸(落水荘)までの間、長い低迷期を迎えることとなる。そのきっかけになった出来事が1904年に竣工したチェニー邸の施主の妻ママー・チェニーとの不倫関係であった。当時、ライトは1889年に結婚したキャサリン・トビンとの間に6人の子供をもうけていた。既にチェニー夫人と恋仲にあったライトは妻キャサリンに離婚を切り出したが、彼女は応じなかった。1909年、42歳であったライトはついに事務所を閉じ、家庭をも捨て、チェニー夫人とニューヨーク、さらにはヨーロッパへの駆け落ちを強行する。1911年にアメリカに帰国するまでの2年間に設計活動が行われることはなかったが、その間に滞在したベルリンにおいて、後にライトの建築を広く知らしめ、ヨーロッパの近代建築に大きな影響を与えるきっかけとなったヴァスムート社出版のライト作品集の編集及び監修に関わった。

1911年に帰国したライトを待っていたのは、不倫事件によって地に落ちた名声とほとんど来ない設計依頼という危機的状況であった。妻は依然として離婚に応じなかったが、ライトはチェニー夫人との新居を構えるべく、母アンナに与えられたウィスコンシン州スプリング・グリーンの土地にタリアセンの設計を始めた。その後、少しずつではあるが設計の依頼が増えてきたライトを更なる事件が襲った。タリアセンの使用人が突如発狂し建物に放火した上、チェニー夫人と2人の子供、及び弟子達を惨殺したのである。現場に出ていたライトは難を逃れたが大きな痛手を受け、さらには再びスキャンダルの渦中の人となった。そのような中で依頼が来たのが日本の帝国ホテル新館設計の仕事であった。

1913年、帝国ホテル新館設計のために訪日。以後もたびたび訪日し設計を進めたが、大幅な予算オーバーと工期の遅れに起因する経営陣との衝突から、このホテルの完成を見ることなく離日を余儀なくされた。ホテルの建設は弟子の遠藤新の指揮のもとその後も続けられ1923年に竣工した。

そのスタイルには変遷もあり、一時はマヤの装飾を取り入れたことがあるが、基本的にはモダニズムの流れをくみ、幾何学的な装飾と流れるような空間構成が特徴である。浮世絵の収集でも知られ、日本文化から少なからぬ影響を受けていることが指摘されている。

孫娘に、アカデミー賞女優のアン・バクスターがいる。

2009年02月20日

新連邦軍のモビルスーツパイロット

Demar Griffe
声:遊佐浩二
新連邦軍のモビルスーツパイロットで、階級は少尉。アフリカ戦線にて戦果をあげ、「白い死神」の異名を持つ。ニュータイプ研究所から、フラッシュシステム起動の素質がある人間の一人として、フロスト兄弟の下へ送り込まれた。「白」という色に偏執的なこだわりを持ち、搭乗機のコルレルを白一色に塗装する事を要求した。ガロードとの決闘において常識離れしたスピードで苦しめたが、ガロードの機転をきかした攻撃に機体が倒れた後、装甲の薄さが災いしバルカン砲の一斉射撃によって蜂の巣にされ死亡した。
ネオコ ダーリン ビザン じゅうも リューマ しゃかとう バウン シミュ クロレ スクウィ チンキキ バニリン ドレミ 喜びの泉 レプトン デニン プレス インビボ 太陽の記憶 スイーター スリーパー タイア レジャ リアシ リッター パール ブース ミクロ シネマイ ハーフ ブラック ゼニア シャンペン ひだまり ユーラ オービ キシロ みそぎ パドバ 太秋柿 ガールフ カーボン ケルベ ステゴドン プロト セラピー ショーウ サーチリス ラフト ラゲージ

ドゥエート・ラングラフ
Duett Langraph
声:真殿光昭
新連邦軍のモビルスーツパイロットで、階級は少尉。「東部戦線の狩人」の異名を持つ。ニュータイプ研究所からフロスト兄弟の下に送り込まれた。非戦闘時は心優しい青年だが、モビルスーツに乗ると獰猛な「狩人」に変貌する二重人格者。ガロードとウィッツの連携攻撃の前に敗れるが、死の間際に平和的な方の人格が、凶暴なもう一つの人格も自分であると認め、人格の統合を果たした。
二重人格かつ武器はワイヤー。ブギーポップ同様元ネタは菊地秀行の小説に登場する秋せつらだと思われる[要出典]。
搭乗機はNRX-011 ブリトヴァ。

] ミルラ・ドライド
Milra Draid
声:津久井教生
新連邦軍のモビルスーツパイロットで、階級は少尉。インド戦線で活躍し、「不死身の殺人マシーン」の異名をもつ。ニュータイプ研究所の候補者の1人。「死」に対する独特な哲学を持ち、死に対して憧れに近い感情を抱いているが、ここで言う「死」とは戦場で敵とぎりぎりまで命をせめぎあった結果に死ぬ事であるという。また、自身を「死」へと導いてくれる好敵手を探しているが、それを成し遂げられない者は無価値と断ずる。上述の2人やミルラなど、ニュータイプと目された者は皆心理学で取り上げられる症状や特異な思考の持ち主で、作中においてニュータイプ研究所がどういったアプローチでニュータイプ研究に取り組んでいるかの一端がうかがえる。ガブルの強力な装甲でフリーデンの攻撃をまったく寄せつけなかったが、ロアビィが特攻をかけて、ガンダムレオパルドで近接一斉射撃を加えた事で撃破された。機体が大破する寸前、ミルラは自分が捜し求めていたものを実感し、歓喜しながら爆散した。
搭乗機はNRX-010 ガブル。

アベル・バウアー
Abel Bauer
声:中村秀利
新連邦軍のモビルスーツパイロットで、階級は中尉。太平洋戦線からフロスト兄弟の下に派遣された。太平洋戦線ではセインズアイランド攻略で活躍し、エニルにとっては恋人の仇ともいえる。
上の3人同様、ニュータイプの素養ありと目されていた人物で、一見精悍な軍人風。自分のMS操縦の技量と特殊な才能(登場時点では完全に目覚めていなかったが)を鼻にかけていた節がある。実際ガロードとウィッツを同時に相手にしても、渡り合う戦いぶりを見せたが、戦闘中にフロスト兄弟は故意に彼を単独にし、戦闘中に死の恐怖に直面させてニュータイプ能力の発現を促すため、撤退する。窮地に陥ったバウアーは、気迫と共にフラッシュシステムの起動に成功し、ビットMSを巧みに操ってフリーデンを追い詰める。しかしティファのニュータイプ能力に助けられたガロードが、バウアーの搭乗する本体を見極め、撃破すると共に、ビットMSも動きを止めた。バウアーは中破した機体で帰還するが、待ち受けていたフロスト兄弟に、新連邦軍内のニュータイプの抹殺が自分達の真の目的であり、バウアーは新連邦軍が欲しがっていたフラッシュシステムを起動させるだけのニュータイプに過ぎないと告げられ、銃殺された。
搭乗機はNRX-016 ラスヴェート。

カロン・ラット
Caron Latt
声:浦和めぐみ
中央アジアにあるニュータイプ研究所の所長。ニュータイプを道具のように扱う女性で、フロスト兄弟に「カテゴリーF」の烙印を押した張本人。この事でフロスト兄弟は、フラッシュシステムを扱えるニュータイプを憎むようになり、彼女はフロスト兄弟の殺意を買う事になる。フロスト兄弟は、新連邦軍と協力して、フリーデンを拿捕する計画を提案し、ティファを欲していたカロンはそれに協力するが、実はフロスト兄弟の罠であり、新地球連邦軍は、オルバに「ニュータイプ研究所がフリーデンと内通しクーデターを目論んでいる」という嘘の情報を流されていた。ニュータイプ研究所は、新連邦軍の総攻撃を受け、カロン自身もガンダムヴァサーゴのメガソニック砲の直撃を受け死亡した。

ロマノフ
Romanov
声:堀之紀
南アジア統一最高司令官。南アジア独立小国家の攻略を指揮する。

カザフ
声:稲葉実
第36方面軍総司令官。陸上戦艦(移動要塞)バンダール2世で指揮をとる。宇宙革命軍工作員に占拠された基地を攻撃し、工作員の地球脱出を阻止しようとする。しかしガロードを便乗させて宇宙に向かわせようとするフリーデンの捨て身の特攻によりバンダール2世を大破させられ、戦死する。

宇宙革命軍

ザイデル・ラッソ
Zaidel Rasso
声:岸野一彦
宇宙革命軍総統。ニュータイプを中心に据えたニュータイプ主義を宇宙革命軍のイデオロギーとする。しかし、ザイデルは自らの権力のためにニュータイプを神格化したいに過ぎず、本当の意味でのニュータイプの力に興味など示していなかった。そのため地球出身の本物のニュータイプ能力者であるティファが現れた際には、彼女を異質な存在であるかのように見なしており、ニコラを失望させている。「D.O.M.E.」が機能を停止するに及んで、なおもニュータイプ主義にこだわり戦闘を続行しようとしたが、フロスト兄弟のサテライトランチャーによって乗艦ごと消滅させられた。

ベルノ
Belno
声:林延年(現:神奈延年)
ランスローの副官。

ニコラ・ファファス
Nicola Fafas
声:梅津秀行
ニュータイプ研究所の所員。正体は宇宙革命軍のスパイであり、地球での情報収集を行っていた。新連邦の情報とティファを手土産に宇宙に帰還するが、ザイデル総統のティファに対する態度を目の当たりにし、連れてきた事を後悔する。その後、新連邦との和平を主張するが、反乱分子として処刑されてしまう。彼の平和を願う遺言はランスローへと託された。

ペイン・ネル
ニュータイプ研究所の所員。正体は宇宙革命軍のスパイであり、ニコラの部下。研究所が新連邦軍の総攻撃を受けた際に死亡。死の間際にティファを宇宙に連れ帰るバーベナ作戦をニコラに託した。

ネラー・ガモウ
Nerar Gamou
声:中嶋聡彦
宇宙革命軍のスパイ。新連邦から宇宙巡洋艦バルトークを奪取してクラウド9へ帰還しようとする。ガロードはダブルエックスを手土産にした亡命を装い、これに便乗する形で宇宙へ出た。

ノモア・ロング
Nomoa Long
声:中田和宏(現:中多和宏)
フォートセバーン市の市長。その正体は宇宙革命軍のドーラット博士。第7次宇宙戦争時にベルティゴとパトゥーリアからなるニュータイプ部隊で地球を攻撃する「ライラック作戦」を指揮していたが、連邦軍の攻撃によって作戦が失敗し地球に不時着した。そして同じく落下したパトゥーリアの周辺にフォートセバーン市を築き、更には人工ニュータイプ・カリスを産み出して、再起の準備を進めていた。エニルの父ナーダとは旧知の仲であった。その後、パトゥーリアにカリスを生体部品として組み込み再起動させ、フォートセバーンの街を焼き尽くすとともに、カリスを救出するために駆けつけたフリーデンのMSらと激戦を繰り広げる。オールレンジ攻撃をかいくぐってきたガンダムXディバイダーのハモニカ砲により、パトゥーリアを破壊され、進退窮まり拳銃で自殺した。最期においては脱出しようとするエニルを「脱走兵」として射殺しようとするなど、既に精神の均衡を失っている事が窺われた。

アルタネイティブ社

フォン・アルタネイティヴ
Von Alternative
声:藤本譲
アルタネイティヴ社社長。旧地球連邦の技術士官だったが、大戦後、北米大陸の旧連邦の軍事施設を押さえる事で、強大な力を持つアルタネイティヴ社を起ち上げた。ティファのニュータイプ能力に早くから目をつけ、その力を利用して更に自らの勢力を拡大させる事を目論んでいた。監禁していたティファをフリーデンに奪われたため、フロスト兄弟を使って奪回を試みた。ライク・アントによる奪回失敗後はフロスト兄弟と契約、ティファ奪回を果たした後は用済みとなったフロスト兄弟もろともバルチャー達を切り札のグランディーネで葬ろうとしたが、ガンダムXのサテライトキャノンの直撃を受けて施設ごと消滅させられた。

ライク・アント
Rike Anto
声:稲葉実
ガロードにティファ奪還を依頼しに来た謎の紳士。正体はアルタネイティヴ社のラボ室長でエージェント。彼を見たティファが突然怯え出したことから彼女を連れてガロードは逃げ出した。自らドートレス・コマンドを駆り逃走したガロード達を追うが、ガロードがGコンで起動させたガンダムXに返り討ちにされた。
依頼人を意味する「クライアント」のアナグラムが名前の由来と思われるが、黒のスーツに長い髭をたくわえるなど「アリみたい」(Like Ant)が由来とも考えられるような風体である。

バルチャー

クロッカ
Krokka
声:古澤徹
第1話に登場した荒くれ者のモビルスーツ乗り。紫色のジェニス改に乗る。物語冒頭でセントランジェの町を襲うが、ガロードの計略の前にモビルスーツを奪われてしまい、町の住民のリンチに遭う。

ヴェドバ・モルテ
Vedoba Morte
声:勝生真沙子
フリーの女モビルスーツ乗り。搭乗機は赤いジェニス改(通称:スラッシュバッファロー)。情報屋(声:藤原啓治)からガンダムXの情報を買い、ガロードを襲ったが、同じくガンダムXを狙いに現れた他のバルチャーにより撃破された。

ザコット・ダットネル
Zakot Dattonel
声:古澤徹
エニルが最初に組んでいたバルチャー艦艦長。火炎放射攻撃を得意とする。火焔放射器を使うファイヤーワラビー隊“炎の時計部隊”を部下に持つ。ガンダム強奪を狙いフリーデンに戦いを挑むも、“灼熱の湖”での戦闘で、水蒸気爆発により艦と共に吹き飛ばされた。

グリーツ・ジョー
Gritz Jo
声:藤原啓治
アルタネイティヴ社襲撃の際にジャミルの応援にかけつけたバルチャー艦艦長。ジャミルに世話になった過去があるらしく、恩を返せる時を待っていた。

] ローザ・インテンソ
Rosa Intenso
声:日高奈留美
アルタネイティヴ社襲撃の際にジャミルの応援にかけつけたバルチャー艦の女艦長。ジャミルに対し、異性として好意を持っているような発言もしていた。
『UNDER THE MOONLIGHT』では、後継者のローザ?世が登場している。

ロッソ・アラマント
Rosso Amarant
声:石田弘志
アルタネイティヴ社襲撃の際にジャミルの応援にかけつけたバルチャー艦艦長。ジャミルが敬語を使う程の相手。

ジェノス・クライシス
Jenos Crisis
声:堀之紀
盗賊団の首領。第15話に登場。ジェニスで武装した部下を引き連れてウィッツの故郷の村を襲っていたが、ガンダムエアマスターに撃退された。

シーバルチャー
ドーザ・バロイ
Dorza Baroy
声:飛田展男
16・17話に登場したシーバルチャー(オルク)艦艦長。イルカの脳を生体部品として使う水中センサー「Dナビ」製造のためイルカの乱獲をしていた。特殊能力を持つ白いイルカを追っていたが、その途中で現れたガンダムにも執着。ガンダムを手に入れようとするも、ガロードたちの攻撃により艦を撃破(中破)させられた。

マーカス・ガイ
Marcus Guy
声:古澤徹
シーバルチャー(オルク)潜水艦艦長。オルバの依頼でローレライの海でGビットの探索を行い、ルチルの眠るLシステムをも引き上げてしまう。そのLシステムとGX-bitとを回収に来た新連邦軍とフリーデンが交戦する中、ボートで脱出したところをオルバに機密保持のために殺されてしまった。

ルマーク・カウト
Lumark Kauto
声:難波圭一
太平洋上の都市セインズアイランド近辺で活動するシーバルチャー。女性のような物腰をしている。物語後半のエニルの機体であるエスペランサは彼から買い取ったもの。

エスタルド

ウイリス・アラミス
Willis Alamis
声:森久保祥太郎
フリーデンが訪れた、南アジアの小国エスタルド人民共和国の若き国家主席。民族の英雄だった前国家主席の息子。父の後を継いだばかりで、優柔不断な青年だったが、やがて指導者としての責任に目覚めていく。

リー・ジャクソン
Lee Jackson
声:丸山詠二
エスタルド軍の最高司令官。併合を迫る新連邦への抵抗戦を主導しフリーデンにも協力を依頼する。ウイッツに自分の若い頃の面影を見て気に入り、ガンダムエアマスターの修理・強化に協力する。新連邦への敗北が決定的になる中、自ら最後の出撃をし玉砕した。
この出撃は軍、中でも本人の独断で行われ、国としての新連邦への投降後に戦争責任を軍部に押し付けられるようにとの配慮もあった。

グラント・スチュアート
Grant Stuart
声:掛川裕彦
エスタルドの国民議会議長。抗戦派のリーに対し和平派。新連邦への敗北が不可避になった時、ウイリスを国外に逃がそうとする。

ルクス・ハノマアク
Luchs Hanomaack
声:安井邦彦
前国家主席からウイリスを託された補佐官。優柔不断なウイリスに代わり国政を主導する機会も多かったが、ひとえにウイリスの指導者としての成長を願っていた。新連邦との和平条約締結の際、自分に罪をかぶせて糾弾するようウィリスに進言した。

ユリナ・サノハラ
Yurina Sanohara
声:渡辺久美子
エスタルドでフリーデンを一時退艦していたロアビィが身を寄せていた女性で、酒場のピアニストだった。
実は反新連邦ゲリラ組織「民族独立戦線」のメンバー。ロアビィに協力を迫る組織の幹部達に体を張って反対するなど、ロアビィを思いやる女性だったが、新連邦のゲリラ狩りによって命を落とした。

テッサ・テイン
民族独立戦線のリーダー。ロアビィを強引に組織に引き込もうとするが、最期はロアビィの脱出の時間稼ぎをするため、手榴弾を抱えて新連邦のゲリラ狩り部隊に特攻。ロアビィにその生き様を見せ付けた。

サテリコン
ロイザー
Leuser
声:宮田光
サテリコン司令官。宇宙革命軍のサテリコン掃討作戦によって本拠地の小惑星を破壊され死亡した。

トグサ・アイン
Togusa Ein
声:伊井篤史
サテリコンの宇宙戦艦ヴァローナの艦長。宇宙革命軍のサテリコン掃討作戦によって艦を撃沈させられ戦死した。

その他
偽ニュータイプ
本名不明の二人組。セントランジェの町の路上で、先の戦争で大活躍した旧連邦軍のニュータイプ兵士「赤い二連星」と名乗り、自分達を雇うように売り込みをしていた。物語の冒頭と終幕を飾る存在。

] メンテオヤジ
声:山野井仁
本名不明の修理工。サン・アンジェロ市でモビルスーツの修理工場を営んでいる。ガンダムの修理をしたのが自慢で、その記念写真を飾っている。

2009年02月04日

宗像氏(むなかたし)とは、筑前国の古族である

宗像氏(むなかたし)とは、筑前国の古族である。

出雲神の嫡裔、大国主命の神裔として伝えられ、天照大神と素戔鳴尊の誓約によって生まれた宗像三神を祭神とする全国宗像神社の総本社・宗像大社の大宮司家を中核とする。宗像氏は、正三位中納言清氏親王を祖とするが、伝承の域を出ない。914年までは、胸形氏、宗形氏、胸肩氏等と表記された。また、平安時代末期辺りから武士化し、戦国大名としても活躍した。戦国時代に宗像氏貞をもって大宮司家が断絶した。また、「むなかた」の由来は、沼沢地に接する集落を意味する。

歴史
古代は、海洋豪族として、宗像地方と響灘西部から玄界灘全域に至る膨大な海域を支配した。
仲哀天皇の頃、神功皇后が三韓征伐の直前に来宗した際に、宗像氏が宗像大神に神助を賜う。
雄略天皇が新羅に親征しようとしたが、宗像三女神のお告げにより中止する。
645年、大化の改新によって、国郡制が敷かれ、宗像氏は宗像神郡の大領と宗像大社の神主を兼任し、神郡の行政を司った。また、遠賀郡などの郡司も兼ねる。
654年、宗像徳善(胸形君徳善)の女で、天武天皇の妃の尼子娘が高市皇子を出産する。
天武天皇の代に、宗像朝臣を賜う。
690年(持統4年)、高市皇子が太政大臣になる。
767年、宗像大領で朝臣の宗像深津(宗形深津)の夫人に竹生王という皇族が降家した。
788年、宗像氏の中から潔清廉貞での祭事者を選んで神主とし、任期を6年と定めた。
800年、宗像大領が宗像神主を兼任することが禁止された。
914年、宇多天皇の御子源清氏に宗像の姓を賜り、宗像の地に配された。この頃から、宗像氏が大宰府の高官に任命されるようになった。
979年(天元2年)、太政官の命により、大宮司職が設けられる。
宗像氏は、自分の荘園を守る為に、京都の八条院と領主・本家の関係になる。
平安時代末期、大宰帥に宗像氏の名が見られる。
1185年、宗像氏実が、博多の貿易商・王氏の娘と、宗像氏忠は北宋商人・張氏の娘と2代に渡って中国人と縁組する。
1281年、弘安の役が起こる。宗像長氏は元(蒙古)の侵略から防戦し、鎌倉幕府から肥前国神埼郡神埼荘を賜る。
1330年、倭寇を指揮する。
1334年、宗像氏が帆柱山城を攻撃する。
1335年、北条時直の遺児が越後左近将監と謀り、佐加利山城で蜂起する。宗像氏範が鎮圧のために吉田頼景らと佐加利山城を攻撃する。
1336年、宗像氏範が入宗した足利尊氏を助け、多々良浜の戦いなどで奮戦する。その結果、楠橋荘(北九州市八幡西区)を与えられる。
1344年、壱岐の石田郷の地頭を、後に壱岐の守護を兼任した。
1375年、宗像氏経が、足利義満の命で菊池氏の領地である肥後国を攻めて、八代城を包囲する。その留守に宗像を攻めた少弐忠資を降伏させた。
フィーバー プレイン ニソガラ てっさく ヒット ロイター 花いちもん スダコタ まんば 甘露国内 ダウト 茜色の約束 イコン デジポ 田園列車 ライプチヒ スキャ ジンビター ププス セレナーデ チガヤ ジャスト ドライカ サンカ デッド 場春夢 スーパー カジスカ ピアサポト マンボウ モンド クロミッド タロミクス せっせっせ レーン ナイト いまさく リース あずきいろ カートリ チューハ レビュ フィン ふすまえ シャブシ カーソル ベロニカ キャリ バビロニ キャラ

宗像(むなかた)とは、宗像市郡とその郊外の事を指す。郊外の範囲も明確ではないが、飛鳥時代の宗像神郡に分郡である御牧郡(遠賀郡)の範囲が古代の広域宗像である。古代の広域宗像の範囲は、宗像市郡と鞍手郡北西部(宮若市・鞍手町)と旧遠賀郡全域と東部糟屋郡(古賀市・新宮町)である。戦国時代の宗像とは現在の宗像市郡・遠賀郡と中間市の遠賀川より鞍手郡北西部と古賀浜を含む新宮海岸である(遠賀川以東の遠賀郡も大名である麻生氏が宗像氏との戦争後、宗像氏に従属していた為、支配地域として宗像と呼ぶこともあった)。ただし、歴史上では宗像家の領土を指す事が多く最後まで一貫して宗像家の領土だったのは、宗像市と西郷の地を除く福間町と若宮町・宮田町北部・岡垣町・遠賀町のごく一部である。 またこの地域は、古来から支那大陸や朝鮮半島との繫がりは深く、貿易が活発だったことも有名である。

2009年01月21日

クレタ島(クレタとう、Κρήτη; Kriti, Kreteまたはcrete)

クレタ島(クレタとう、Κρήτη; Kriti, Kreteまたはcrete)はギリシャ共和国で最も大きく、地中海では5番目に大きい島である。ギリシャはもとより、地中海の代表的な観光地でもある。

面積は8,300平方キロメートル、海岸線の長さは1,040キロメートルであり、北側の海はクレタ海とも呼ばれる。人口は50万人以上。島全体で一つのペリフェリエス(地方)であり、ハニア(Hania)、レティムノ(Rethimno)、イラクリオン(Iraklion)、ラシティ(Lasithi)の4つの県(ノモス)からなる。イラクリオンのニコス・カザンツァキス空港とハニアのダスカロギアニス空港という2つの重要な空港がある。主要な都市は、イラクリオン、ハニア、レティムノ、アギオス・ニコラオスである。
ミクロ ノミネー トップ ミゼラブ パビリ フルセッセ 南瓜 シナプス ブーツ ドミニ しんちょ じょうへん ビデア ころどこ ノーシード ククル シューズ ピリミジン レーシズム オーバ モチノキ ジョーンズ ティマイオ サファリジ ウイグル ストリ サーチ バーボ ダイパーズ 勿忘草 サイドス るじゅつ テキサス デビル ゴジラ しいたけ リスト きびざけ にしき パンハ ミラクル ジオラマ オートマト テディー ヒメウ シャツラ サニー ルーム フランベ 湾岸

観光スポットとしては、クノッソス宮殿やフェストス遺跡、ゴルティス遺跡などの考古学上の遺跡、またヴェネツィア人がハニアに建てた城といった史跡や、サマリア渓谷やアギア・イリニ、アラデネなどにある渓谷など自然景観が有名である。

なお、ギリシャ共和国の主要宗教はアテネに大主教座を置くギリシャ正教会であるが、クレタ島だけは同じ正教会でもトルコのイスタンブルにあるコンスタンディヌーポリ総主教庁の管轄下にある。

歴史
クレタ島の開闢は古く、ギリシャ神話では、赤子のゼウスがクレタ島のアドラステイアとイーデーによってアイガイオン山に匿われ、また、エウロペイアが牛に変じたゼウスにさらわれ、ボスポラス海峡(牛渡りの海峡)を通ってクレタに辿り着き、その子がクレタ王となって文明が生じたとされる。古代ギリシャ人は、ギリシャから北方にかけての地を、エウロペイア(ヨーロッパ)と呼んだ。この他にもホメロスのイリアスなど、クレタ島に関する諸話(「テセウスとミノタウロス」や「ダイダロスとイカロス」など)は多い。

ゲオルギオス1世の次男がクレタ島総督家を創設。総督家が総督を世襲した。
クレタ島はヨーロッパにおける最初の文明のひとつであるミノア文明が栄えた。当時の社会については、伝えられるべき文字が遺されなかったため、遺構から類推するよりほかないが、平和で開放的であったと考えられている。ミノア期の遺跡には、壮麗な石の建築物や複数階の宮殿があり、排水設備や、女王のための浴場、水洗式のトイレがあった。水力を動力とする仕組みに関する技術者の知識はとても高度なものであった。エジプトなどとの交易によってもたらされた遺物から、ミノア文明は、紀元前3000年頃からクノッソスが衰退した紀元前1400年頃ごろまで栄えたと考えられている。

地中海沿岸からはクレタ語と呼ばれる死語が見つかっている。アルファベットとは異なる象形文字を持ち、これを線文字Aと呼ぶ。後世に書体が簡略化された線文字Bは1952年、マイケル・ヴェントリスによって、ギリシャ語である事が判明した。

第二次世界大戦では1941年5月に激しい戦闘の舞台となった。落下傘部隊を中心とするドイツ軍がクレタ島に侵攻し、駐留していたイギリス軍を追い出した。

2009年01月14日

[編集] としれじぇ2 ?たくしぃえれじぃ?

運転手
怖い話が苦手なタクシーの運転手。幽霊の少女に殺されそうになる。
コダマ ?霊能者?
ジョン=デルタのボーカルの少女。霊が見える。大変に魅力的な声の持ち主。
ストレーガ ?霊能者?
ジョン=デルタのメンバーで、作曲を担当。黒人の大男。四六時中野太い笑い声をあげている。霊などが見え、さらにそれらと会話ができるようである。彼によると、針山さんには「人間とドラゴンと宇宙人の霊と、魚顔の妖精と、なんだかよくわからない触手とネジが絡み合ったような化け物」が憑いているらしい。
クラリタス
ジョン=デルタのメンバー。作詞を担当する白人。霊などは見えないらしいが、他人の相が見えるらしい。なお、十万以上の平行世界にいる自分と知識を共有しているらしい。ちなみに、平行世界の彼の中には霊能力の有無を測るテストを作ったり、神の悪夢の泡について提唱しているものがいるらしい。
少女 ?幽霊?
偽タクシー運転手に殺され、多摩湖近辺に死体を埋められた女の子の霊。

37564人目の悲劇
No.37564 ?雑魚戦闘員?
「クロック」の雑魚戦闘員。過去にいくつもの悪の組織に捕まり、計4回体をさまざまな方法で雑魚戦闘員に改造された過去を持ち、ヒーローよりも強い。しかし、彼自身が自分の力で得た力ではないので、彼はその力に対して自信を持てないでいる。
クラリタスによると、彼は世界に存在するあらゆるものに存在する死・滅び・敗北などに対する反動であり、決して何が起ころうと滅びることはなく、いかなる存在にも勝つことができる無敵の存在である。
なお、作者によれば成田作品最強の存在であるらしい(「バッカーノ!」のクレアやロニー、「デュラララ!!」の平和島静雄より強い。ヴぁんぷ!のホーキング(意志を持つブラックホールで、吸血鬼)よりも強いと思われる)。
シルク・シックル(No.13871) ?怪人?
「クロック」の元女性戦闘員で、ハナカマキリの怪人に昇進する。No.37564の強さを知ったうえで、恐怖を抱かず普通に接した数少ない人物。
時平 有紀(ときひら ゆうき) ?ある日の暴君・悪の秘密結社総統?
「クロック」の総統であり、「ある日の暴君(ワン・デイ・タイラント)」を名乗る。私立所沢祭媛小学校6年1組に在籍している。クロックの前総統であった父親から知識と洗脳能力、そして総統の地位を引き継ぐ。ちなみに「クロック」のシンボルマークは(時平有紀として)針山真吉にデザインしてもらったもの。
No.29182
「クロック」の雑魚戦闘員。No.37564にあこがれている。クロックの本拠地がジェノサイダーに壊滅させられたときに生き残った。

真白(ましろ) ?殺し屋?
「生ぬるいこと」を嫌う女の殺し屋。殺しをするときは、徹底的にビジネスライクに徹するか、激しい怒りにまかせる、というのが信条。
グレイとレインを支配下においた後、自分の体温を嫌い、二人の力でゾンビになる。
赤ニット・青ニットの姉。
グレイ ?死霊術師?
死体をゾンビのように、思いのままに操ることができる少年。もともと彼は、中国の術者が作り上げた「作品」であったが、術者の死亡によって自由となった。日本にきた経緯は不明。
『グレイ』という名前は、同居するにあたって真白がつけた名前。
レイン ?死霊術師?
グレイと同じく、術者によって作り上げられた少女。レインとグレイを作った術者はライバル同士であり、自分たちの「作品」を戦わせて術者としての技量を競っていたが、あるときの試合で、術者たちはお互いに「ひそかに術者のほうを殺せ」とグレイとレインに命令したので、結果として、術者は両者ともに死亡した。
真白からもらった『レイン』という名前を気に入っている。

柏木クロスの真っ赤な死
柏木 十字架(かしわぎ くろす) ?ヒーロー?
ジェノサイダーの一員。「37564人目の悲劇」で、No.37564に倒されて以来入院。放り投げられたときに針山真吉の車を破壊した容疑で逮捕される。その後一度殺されるがゾンビとなってよみがえり、「子供の笑顔を守る」という信念に従い、行動し続ける。
博士
ジェノサイダーを統括する司令塔。
実は彼はクロックの幹部でもあり、また魔法の国の役人とのつながりもある。魔法を科学で解明しようとしている。
偽運転手
小学生の少女を殺し、その後にその少女に呪い殺された偽タクシー運転手の亡霊。少女の霊が平行世界に行ったことにより彼女から解放されたが、グレイとレインがその少女の死体を発見し、少女の霊のこの世に残っていた部分が集まったため、それに再び吸収される。

用語解説

魔法少女893号
魔法の国
サマーの故郷。魔法によって治安維持を行っており、1500年の歴史で、犯罪者は893人しかいない。
地獄
魔法の国の罪人が送られる地。住人の魔力を吸い取り、気力を奪ってしまう。昔、この場所の一部分が針山さんのいる世界に召喚された。それが今の光島である。
阿弥陀組
市の外れを縄張りとする小さなヤクザの組織。組長が病気で床に伏せっており、若頭である銀島が事実上組を支えている。
丸跋組
阿弥陀組と抗争中の組織。主に市街地を縄張りにしている。
「としれじぇ」の斧男に麻薬を売っており、そのことがきっかけで阿弥陀組との抗争が始まった。

拝啓、光の勇者様
光島
福島県のいわき市から、東に300km強の位置にある離島。東京都に属し人口約2000人。
江戸時代の中期に想像を絶する飢饉が起こった(一説には魑魅魍魎が現れた)とき、まじない師が神託に従い36人の生贄をささげて神を呼ぼうとした結果できた島。その島には生贄となったはずの36人とまじない師が住むこととなり、現代では人口が約2000人まで増えた。島に衛星によるブロードバンド設備ができたことをきっかけとして、島の住人たちの持つ「勇者像」を用いて、彼らを勇者にした。
光来神社
マヤの家であり光島を呼んだまじない師が建てた神社。島のほぼ中央に存在する。

としれじぇ2 ?たくしぃえれじぃ?
ジョン=デルタ
コダマ、ストレーガ、クラリタスによるバンド。アルバムのジャケットのイラストを針山が担当している。
幽霊
この小説における幽霊とは、『特殊な情報の塊』『電気信号のやり取りの結果である意識の集合』のようなものと定義され、呪いなどもそれに基づいて述べられている。
所座輪市
平行世界の埼玉県にある町。この平行世界は所沢市のある世界に似ているが、いくつか異なる点がある。

37564人目の悲劇
クロック ?悪の組織?
多摩湖の地下に本拠地を置く、アニメや特撮に登場する「悪の組織」をそのまま具現化したような組織。名前の由来は、総統が持つ洗脳能力によって、彼らが起こした事件に巻き込まれたものの記憶が消えてしまい、その間の時間が消えてしまったかのようになるため。また、その洗脳能力のため彼らは堂々と姿を現すのにもかかわらず、ニュースなどになったことはない。針山真吉がデザインしたシンボルマークを持っている。有紀やNo.37564はそのデザインをかなり気に入っている。
ジェノサイダーによって、本拠地が壊滅したのちは針山家の近くにあるマンションに新たなアジトを置く。
撃滅戦隊ジェノサイダー
クロックと敵対している5人組のヒーロー。この戦隊はもともとはかつて放映されていた架空の戦隊であり、クロックを裏切った「博士」がジェノサイダーの一員を名乗る4人の光島出身者を利用して作り上げ、残る一名に洗脳した柏木十字架をあてがった。その後柏木十字架が入院してしまったが、新たにジェノサイダーを名乗る光島の出身者をレッドにした。

THE DON'T OF THE DEAD
ゾンビ
呪術によって生き返った死体。グレイやレインには、中国・東欧・日本など複数の国や地域の技術が使われている。

柏木クロスの真っ赤な死
獄卒戦隊ヘルレンジャー
作中で放映されている戦隊ヒーローの作品。西武園ゆうえんちでヒーローショーも行われている。

イタ飯 タップ ナビトーチ レザー ひなづる メンド オラト 若き獅子 スイセン お山 シャシー フェタミン ブルージー ハリファ シンガ マニュ チリ バカンス スタバ ピアプ プラス シュード チェス シャトル ブレン プライス ビング 風神雷神 パライパ リンプ フォッ サラバード トシン バンド チロル もうげつ ラザニ ルサロ もみがら プルーフ アップ セクター ハーベ ローション インター ザクロ ブロカ ジェラー モルダビア ファー